
そんな背景があったので、1回目の鑑賞時には、幕が開いた瞬間、大野君が視界に入った瞬間から、Cちゃんを思うとせつなさいっぱいで、涙止まらず。しかも、舞台での大野君があまりにも素晴らしく、かっこよく、それを目の当たりにするたびに、なんで私がこんなにステキな大野君を見れて、Cちゃんが見れないんだと思えば思うほど、罪悪感とやるせなさで、また涙腺が・・・。というわけで、ひたすら涙を流しながらみた大野舞台。たぶん近くの席の人からは、かなり痛い熱血大野ヲタだと思われてたはず。(苦笑) とにかく、大野君がステキすぎて、その才能にすごく感動しました。それだけに、Cちゃんに見せてあげれなかったことが重ね重ね残念。どうかCちゃんのためにもDVD化されますようにと祈るばかり。Jストさん、よろしく!
ま、そんな諸事情があったものの、Cちゃんも、千秋楽前には、すっかり諦め、割り切って、ショックから立ち直って元気そうだったので、私も少しホっとしながら、なんとか千秋楽も見せていただいたのですが、複数回みても、飽きなかった。だって舞台の大野君が、本当にカッコイイんだもの。ただ、ひたすら、大野君の才能に感動し、カッコよさに惚れ惚れしっぱし。やはりこの人は、ステージの人だね。テレビなんかとは比べ物にならないぐらい、舞台上でのカッコよさはハンパない。
お芝居「アマツカゼ」の内容に関してですが、面白かったです。内容に奥深さはないけれど、スピーディーで、テンポよく、そしてわかりやすくて派手。ザッツ・エンターテイメント!といった感じのお芝居。素直に面白いと思いました。いわゆる「きだつよし節」は炸裂ではありましたが、意外にも全く嫌悪感はそれほど感じませんでした。というのも、やはり、舞台上での大野君の存在感と演技がとてつもなく魅力的&感動的だったので。ワタクシ、相葉ヲタではありますが、この先も絶対に大野君のお芝居だけは見逃したくないと思いました。だって、もう舞台俳優として、文句のつけどころがないんだもの。安心してみていられるし、それより何より、すばらしく魅力的なんだもの。
今回の演目では、大野君は、客席に背中を向けている場面が多かったのですが、その背中で、いろんな感情をちゃんと伝えられておりました。あと眼球の輝きや曇りかた、濁り方。これだけで、そのとき、そのときの感情が手に取るように伝わってくる。そしてセリフ回し。あんなに普段カミカミなのに、全く噛まないどころか流暢なセリフ回し。後半は涙をポロポロ流しながらも、ちゃんとセリフはキッチリと客席に伝えきる。とくに、きださんの演出の特徴なのかもしれないけれど(「テンセイクンプー」でも使われていたので)大野君に感情を吐露させたり、うちひしがれて落ち込ませたりするときに、必ず舞台中央で膝をつかせるのですが、あの演出は最高。あの状態の大野君は絶品。天下一品。客席へ訴えかける効果絶大。そして何より立ち姿が美しい。普段、あんなに猫背でおじいちゃんみたいに覇気のない立ち姿&歩き方なのに、ステージに立つと、別人のごとく姿勢が良くなって動きにキレがある。舞台栄えする仕草の美しさといい、本当にこの人はステージの人。いやはや、お見事。
他の共演者も全く期待してなかったので、思った以上で、とても安心してみていられました。松本まりかさんは、あのアニメの声優みたいな声に最初ちょっと抵抗を感じたものの、発声はキレイで声が通るし、熱演ぶりには、自然と感情移入されてしまえるし、凪を送り出す別れの場面の健気さや一途さなんて、会場の大野ヲタの心境をすべて代弁してくれるので、私ですら思わずホロリとさせられるほど。芦名星さんも、初舞台にしては、合格点ではないですかね。やはり立ち姿が美しいというだけでも、かなりのもの。ネタバレになるから多くはいえないけれど、多少、あざとさが見える後半の演技も、私は許容範囲でした。あと、佐藤アツヒロさんは、舞台を場数こなしているだけあって、コメディ部分の間の取り方も含め、憎たらしい悪役が非常に似合っていました。演技面で不満はないのですが、ただ、実年齢は大野君と差があれど、舞台に立つと二人とも小柄だし、大きな年齢差が見えないので、凪を上から押さえつける不動の威圧感だとか、厘を無理やり奪ったという雰囲気等、もっと年配の役者さんのほうが役柄の悪印象をもっと高めて凪の逆境をアピールできる気も・・・。きだつよし氏の役は、まさに「センゴクプー」の風助そのものですね。虱の生き方、ポリシーは、まさに風助。そして、それが、凪に継承されて、凪から風助へ(凪=風助という解釈でいいのでしょう。)という展開は、「センゴクプー」を知っていればいるだけ、楽しめるようなエンディングでした。その展開はなかなか面白いと思いました。が、裏を返せば、結局、きださんが言いたいことは、すべて「センゴクプー」の風助の哲学に凝縮されており、それを、どの舞台でも繰り返し繰り返し主張しつづけている(要するにワンパターン)ともいえなくもありません。今回は、まさに虱を演じたきださん本人が、その哲学を語る役どころゆえ、彼にとっては、まさにマスターベーション的ともいえる舞台であるともいえなくはない。それを不快に思う人も多いのかもしれませんが、私はありだと思っています。一番それを伝えることを望む人が演じることは、決してマイナスではないと思います。演技力さえあるのなら。きださんの演技力、東京公演ではどうだったのか知りませんが、私自身は全く不満はありませんし、そういうことを総合して、今回の舞台には大きな不満はありません。毎回恒例の内輪ウケなネタ(粘土、釣り、フリースタイル云々)は、なければ、もっといいのに・・・と心にひっかかるモヤモヤはなきにしもあらずでしたが、今回は素直に笑ってしまった安い嵐ヲタゆえ、堂々と文句も言えません。フリースタイル体勢で宙を飛ぶ大野君は面白カッコよかったし・・・。個人的には武田義晴さんの演じた役のボケっぷりが面白くてお気に入り。
千秋楽のカーテンコールの様子を報告しますと、まず「センゴクプー」の予告編という余興がありました。ちょうど、先日映像で予習していたので(※参照日記こちら)、ものすごくラッキー。宣教師ヌゥベンちゃんも登場してワクワク。女性陣は、松本まりかさんが、あのブサイクな忍を、芦名星さんが雪那様を演じて出てきたのだけれど、この芦名星さんが、ものすごく似合ってた、っていうか、本編「アマツカゼ」よりも上手かったという。(笑)そして、大野君の風助!でもなぜか貫禄が倍増してる風助!その状態で、「センゴクプー」でもやっていたと言う祭りの場面の「WOW」を1曲披露。このあたりは、もうジャニーズ舞台の色が満載で複雑といえば複雑でしたが、こんな距離で歌って踊る大野君を見る機会ってドームが常になってしまえば、もうないかもしれないしなーと思えば、安いヲタゆえ嬉しくなってしまうという。(苦笑)あと、共演者たちがその歌の場面も楽しそうだったので、それもホッコりして、もう一緒に楽しんじゃえみたいな気分になりました。
そんな余興で盛り上がったせいか、今回、智坊ちゃんは、一度幕が下がる瞬間にウルっときた涙も引っ込んだ感じだったので「今回は、さすがに泣かないだろうね。泣き虫智君は卒業かな?」と友人と言っていたら、2度目のカーテンコールからボロ泣き。途中からは、しゃがみこんで立ち上がれないぐらいの号泣。顔を手で覆って隠して涙しながら「ダメですね。感情ってのは止められないもんですね。」と言い訳しながら泣く智坊ちゃん。本人曰く、「個展があって忙しくて、その余韻にひたる余裕もないまま舞台稽古が始まって、東京公演が終わった後、大阪公演までに少し時間が空いて、ドームのコンサートリハーサルが始まって、それでも気持ちは舞台のことで頭がいっぱいで、ぜんぜん振り付けが覚えられなくて・・・」と要するに、精神的にいろいろイッパイイッパイで苦しかった様子。それを乗り越えての千秋楽だったので、感極まったのだそう。しゃがみこんでボロ泣きした後、目に涙をいっぱい溜めて語る坊ちゃんが、本気でめちゃくちゃカワイイ。舞台本編の泣き方と、また全然違う、ほんわかと母性本能を刺激するような泣き方のギャップ、そこにも舞台と素の大野君のギャップが見え、本気で ハートを射抜かれそうになりました。大野ヲタさんたちの気持ちが、本気でわかったこの千秋楽。みんなが入りたがるのも無理はない。私ごときが見てしまって、すみません。まあCちゃんの代理ということで、大目に見てください。
あと、松本まりかさんの挨拶がめちゃくちゃ可愛かった。泣きながら「このカンパニーの皆が本当に優しくて居心地よい雰囲気だったと大野さんがおっしゃいましたが、それは、大野さんが優しかったおかげですよ〜。」といって大野君を褒め称え、大野君の顔をみながら泣き崩れたのが、もう、めちゃくちゃ可愛くて。それを見てウルウルしてる大野君が、これまた人柄を反映していて超可愛くて。もう、二人の泣きに完全もらい泣き状態でした。たぶん、会場の大野ヲタさん皆、松本まりかさんの好感度2割増しになったはず。(笑)
こんな状態だったので、すっかり、脳内、サトシック状態、「現在智に浮気しそう。ごめんね雅紀。」なんてネタにしながら、お友達と電車に乗ろうとしたら、車両のドアが開いた瞬間、「浮気しちゃ、ダメだよー!」って言いに来たの?って問いかけたくなるような絶妙なタイミングで目の前にAUの相葉ポスター。(笑)一緒にいた友人も「すごいタイミングでJOLLYちゃんの心を取り戻しにやってきたよ」と。(笑)「はいはい。おしばいは下手でも、キミが大好きだよー」と電車移動の間中ポスターを眺めては心の中で語りかけてやりました。(笑)それにしても、本当に、こういうときの相葉君のタイミングの良さには、やっぱり運命感じるわー。(←やっぱりあいばか)
鑑賞後は、智君の残り香を届けにCちゃん宅へ直行。パンフレットを渡し、本日の智君の舞台の様子や千秋楽の泣きの様子を実演つきで報告。(笑)ワインを空けて、語り合って無事帰宅。これで、私の「アマツカゼ」ミッションは完全終了。しかし、本当に大野君、素晴らしかったです。(惚)
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まずはDISC1(本編)の感想。まず映像のクリアさと、カメラワークの良さに満足。舞台は生に限る!という人も多いのでしょうが、私は、空間を他人と共有するのがあまり得意ではないので(とくに鑑賞マナーの悪い客層だと、どうしても気が散る)、一人でじっくりと誰にも邪魔されることなくその世界に入り込めるという点では、映像のほうが気楽に見れたような気がしました。もちろん迫力や感動は、生舞台に敵うものなしだとは思いますが、誰にも邪魔されない鑑賞という点では、一人でDVDを見るというのもなかなか乙なのものです。そういう意味で映像化はありがたい。声は、マイクで拾っているのかな?出演者たちのセリフも非常にクリアに聞こえました。
さて、「テンセイクンプー(転世薫風)」という作品ですが、これは、「センゴクプー」「バクマツバンプー」に次ぐ、きだつよし脚本のプーシリーズ第三弾だそう。過去のプーシリーズは「センゴクプー」の初演版を映像で見たのみなので、プーシリーズを語れるほどの知識も経験もないのだけれど、今回の作品の中にも過去のプーシリーズへのオマージュ的な引用シーンが挿入してありました。「センゴクプー」は先日見たばかりなので(※参照記事こちら)、ああ、この場面かーと気がつきましたが、「センゴクプー」に登場する宣教師ヌゥベンの雰囲気が先日見た映像と微妙に違っていたのがガッカリ。初演の彼の宣教師ヌゥベンが好きだったのに・・・。「バクマツバンプー(幕末蛮風)」の場面もありました。最初が、そこから始まったので、一瞬、これって「バクマツ〜」のDVDだったっけ?と勘違いした大野舞台初心者の私。
この「テンセイクンプー(転世薫風)」のストーリーは、タイムスリップ物で、現代の青年が徳川時代にタイムスリップし、大阪の陣で破れた真田軍の残党たちと行動を共にするという物語。タイムスリップ物の王道みたいなストーリーで、非常にストレートでわかりやすい子供が喜びそうなお話。ただ陳腐といえば陳腐だし、安っぽいといえば安っぽい。とはいえ、舞台演劇嫌いの私ですが拒否反応は出なかったし退屈もしませんでした。それは、演じる役者さんたちの演技が好みだったことが大きい。みんなそれぞれにチャーミングでステキだったし、鼻につくような芝居をする人がいなかったから、見ていて素直に楽しめました。何より大野君がめちゃくちゃステキだったしね。(結局、これが一番大きい。)
ただ、あのジャニジャニした演出は、どうにかならないんでしょうか?客席に媚びるように、無理矢理挿入されたような「嵐」をネタにした笑い。そこで「Aの嵐」のポーズをする&させる理由が理解できないし、「大宮」だの「MA」だのとジャニヲタをターゲットにしたような内輪的な笑いを無理矢理挿入しているあたりが、たまらなく見苦しくて嫌。あれが作品をさらに安っぽくしていることに気づいて欲しい。しかも、そういう狙いきった笑いの場面が全然面白くないというのが寒い。あと、途中、大野君演じる薫が客席を横断するシーンがあるでしょ?あれって必要?あっても悪くないけれど、あそこで奇声を上げたり、走り抜ける大野君を触ろうとして身を乗り出したりしている痛いヲタが映りこんでいるのが、究極に見苦しくてキツイ。演劇がコンサートではないことがわからない客があんなにいるなんて、げんなり。そこで大野君に触ろうとする行為は、舞台進行の邪魔をしているという迷惑行為に他ならないことに気づいて欲しい。映りこんでる方、多いに反省していただきたいところ。
それにしても舞台で演じている大野君を、私はこのDVDで始めて見たのだけれど、想像していた以上にステキでした。この人、やはり舞台(ステージ)の人だね。コンサートでも常々感じていることだけれど、舞台(ステージ)に立ったときに放つオーラがテレビとは圧倒的に違う。姿勢から根本的に違うから、立ち姿だとか、動きだとか、全てが全然違う。舞台上で演じている役柄に普段の大野君の素の部分を投影したりする隙を与えない。発声ひとつにしても全然違う。普段は、ボソボソっと喋って「え?今、何って言ったの?」と聞き返したくなったり、カミカミなこともしばしばな人なのに、舞台だと早口の長台詞も流暢で滑舌もよい。大野君って、普段、あまり感情を表に出さないタイプの人というイメージだけれど、舞台だと感情を全身から発散させて、感情の込め方も鬼気迫るような熱演系。まさにスパーク系の芝居をなさる人なんだけれど、でもオーバーアクトだとは感じさせない、ほどよい熱演。たぶんテレビドラマや映画で、この感情表現を見せられたら、オーバーアクトでドン引きしてしまいそうだけれど、舞台演劇においては、これぐらいがちょうどいいように感じる。また劇場で見ると感じるところも違うのかもしれないけれど、こういう点も舞台向きだなーと改めて感じたり。あと、舞台上で見せる、ふとした仕草や立ち振る舞いが本当に綺麗。コンサートで踊っているときにも常々感じるのだけれど、本人が意識しているのかしていないのか、指を差すとか、手や腕を動かすときの指先にいたるまでの角度や動きが無駄のない理想的な美しい角度なのね。そのせいで、動き一つが、ものすごく舞台栄えする。これって大野君の場合、努力の上に成り立っているテクニックというよりも、天性の才能に近い気がする。努力でできる人もいるけれど、こういうのがサラリとできてしまうのは、才能なんじゃないかな。
「センゴクプー」と「テンセイクンプー」の2つを見て感じたのは、結局、きだつよしという人は、こういう侍チャンバラ物が大好きなんだなということ。そして、どちらの作品も根底にあるのは武力否定の平和主張。嵐ヲタや大野ヲタさんたちの間で「きだ舞台」と言われているものが、なんとなくわかった気がする。基本となる柱が「侍物」「チャンバラ」「武力否定」。だから、毎回毎回、大野舞台が「きだ作品」だとワンパターンだと嘆く人が多いんだろうね。この映像で見る限りでは、大野君には舞台役者としての才能があると感じたので、それだけに、一つの枠にとらわれず、いろんな可能性を見せて欲しいと願う大野ファンの気持ちがよくわかりました。
ところで、この「テンセイクンプー(転世薫風)」のDVDの初回限定版と通常版との価格差は600円。この600の差は、個展「FREESTYLE」のメイキング映像が入っている特典ディスクがあるかないか。いくら大野つながりだからって、本編と全く関係ないとも言える個展映像を、このオマケとしてつけちゃうあたり、J-STORMって会社は商売下手というか無茶なことするな。まあ、オマケにせねばならない(単品で市販化できない)大人の事情があるからなのでしょうが・・・。でも、この特典ディスク、600円以上の価値がある。ぶちゃけ、私にとっては、本編以上に楽しめた映像。大野ファンであろうとなかろうと、嵐が好きな人、大野君に好意を抱くレベルであれば、600円を惜しむ理由はないかと思います。絶対に初回限定版を買うべし!目をキラキラかがやかせて自分の個展に臨む姿は、ハンパなくステキでしたよ。この映像だけで相葉ヲタの私でも5000円出しても惜しくないと思ってしまいました。J-STORMよ、オマケにつけてくれてありがとう。
TEAM 発砲・B・ZIN『センゴクプー』
収録:2001年1月20日 下北沢 本多劇場
作・演出:きだつよし
出演:平野くんじ(現・平野勲人)、工藤順矢(現・工藤潤矢)、小林愛、武藤陶子(現・武藤晃子)、西ノ園達大、森貞文則、田口治、きだつよし、小山剛志 他
智坊ちゃんは、過去に「作・演出:きだつよし」の舞台を3つ経験しており、今度の「アマツカゼ」が4作目。すべてプー(風)シリーズというシリーズになっているようで「センゴクプー」「バクマツパンプー(幕末蛮風)」「テンセイクンプー(転世薫風)」そして、今度のが第四弾「アマツカゼ」なんだそう。巷では、今度の「アマツカゼ」を見るに当たり、「センゴクプー」を見ていたほうがより深く楽しめるという噂もあったりしたので、よけいに重い腰をあげてみることに。というわけで、私が見たのは、智坊ちゃんが主演した2003年の再演版ではなくて、「TEAM発砲・B・ZIN」による初演版(風助=きだ氏)だったものの、再演時のキャスト(風助=大野)だったらどんな風だったのかな?と想像しながら鑑賞いたしました。
さて、TEAM 発砲・B・ZINという劇団は“大の大人が笑って泣けるヒーローもの”を掲げた劇団だそうで、そこの一番人気演目がこの「センゴクプー」という作品なんだそう。CSの番組プログラムによると「“弁は剣よりも強し”をモットーに、得意の話術と洞察力で戦国の世を渡り歩くはぐれ侍・風助の活躍を描くチャンバラコメディ」とのことでしたが、まさにチャンバラ中心のドタバタ喜劇でした。
きだつよしという人の作品は、基本的にそういう路線だということは予備知識としてある程度認識しておりましたが、改めて作品を見て、ああ、やっぱりこういう感じなんだーと改めてテイストを理解しました。私自身、得意か苦手かというと、確実に苦手なタイプの舞台。っていうか、舞台演劇で得意なテイストってのがほとんどないので、これだけが特別苦手なわけでもないんだけれど、とりあえず何が苦手って、狙いに狙っている笑いがあざとくて苦手。しかも、その笑いのツボが全くといっていいほど私のツボにハマらなかったことが一番苦痛だったかも。笑わせようとして挿入されているセリフや芝居や演出が全然面白いと感じなかったのよね・・・。唯一、面白い!と思ったのは、宣教師ヌゥベン。独特のボケた演技や、間のとり方。いいわー、彼。彼の雰囲気や芝居や笑いは、ものすごくツボにハマりました。
主人公は風助という戦国時代でありながら剣をもたない主義の主人公。剣を持たないというので、素手で戦う人間を思い描いていたら、剣より弁が達つ=すべて言葉と口先で解決してしまう、いわば武力解決全否定主義のピースな人間。口が達つということは、ひたすら喋るわけで、こういう口先男みたいなキャラは、テレビでも映画でも舞台でも実生活でも基本的には苦手。(苦笑) これを、普段、口数の少ない大野君が演じたってのは興味深い。
いちおう、主役は風助とのことですが、この舞台を見る限りでは、主人公は誰と特定しがたいような雰囲気。というのも、ストーリーの中では風助をカリスマ扱いしている感じはあるのですが、他のキャラクターもそれぞれ個性的なので、風助だけが特別目立つ存在でもない感じ。見た感じだと、風助が他の登場人物よりカリスマ性があるとは思えなかった。私の中では、宣教師ヌゥベン最高!状態だったからかな。(苦笑)
ストーリー自体は、とくに印象に残るものではなかったです。結末も「え?だから?」みたいな印象。基本がドタバタ劇だし、その中で伝えたいこととして提示されてる主題みたいなものは単純明快なのだけれど、そのテーマも風助の生き様にも感動することはなかったし、演じているキャストや役柄のどれにも、特別な思い入れや感情移入もしなかった(=できなかった)ので。たぶん、こういうお芝居って、舞台上で演じている人たちは、ものすごく楽しいんだと思います。自分とは別の人格を演じること、みんなで一つのものを作り上げることが楽しいという演劇好きな人たちが醸し出す舞台演劇の特徴とも言える独特の空気は、よく滲み出ている。ただ、いかんせん、私は、その舞台演劇特有の空気が大の苦手なので、この作品も例に漏れず、あまり得意ではなかったです。演劇に免疫のある人だったら違和感なく受け入れられる作品なのかも。とにかく、作品の長所は判り易さ、短所は内輪ウケの強い笑いかな。とりあえず、そんな感じの作品でした。
舞台「カリギュラ」
作:アルベール・カミュ
演出:蜷川幸雄
出演:小栗旬(カリギュラ)、若村麻由美(セゾニア)、横田栄司(エリコン)、勝地涼(シピオン)、長谷川博己(ケレア)、月川悠貴(歌い手・詩人)、塾一久(財務長官パトリシュス)、青山達三(老貴族セネクトュス)、磯部勉(第一の貴族)、廣田高志(第二の貴族レピデュス)、新川將人(第三の貴族カシュス)、宅嶋渓(第四の貴族)、冨岡弘(第五の貴族・詩人)、今村俊一(メレイア・奴隷・詩人)、田村真(ミュシュス)他
収録:2007.11.21 Bunkamura シアター・コクーン
最初、蜷川幸雄が「カリギュラ」を手がけるという話を耳にしたとき、「ああ、いかにも蜷川さんが好きそうな戯曲だな。」でした。蜷川幸雄の手がけた舞台を語れるほど見たわけではないけれど、「タイタス・アンドロニカス」とか「カリギュラ」とか残虐さが印象に残るような悲劇って蜷川さんの十八番という印象がある。でも、私、あまり蜷川さんの演出する舞台が得意ではない。何ていうのかな。おどろおどろしさとドギツさが鼻につくイメージなんだよね。蜷川さんが手がけた野村萬斎の「オイディプス」もドギツくて途中でリタイア。そんな私が上演時間200分の「カリギュラ」を見るとは、人間やればできるの証明のようです。(苦笑)
で、その「カリギュラ」ですが、案の定というか、やはり一筋縄ではいかない難しい戯曲ですね。とにかく、このお芝居は、お芝居上級者向きであることは間違いないでしょう。 これ、興味本位で「小栗旬が見たいから見に行く♪」みたいなノリで見に行くと痛い目に合うことでしょう。やはりある程度カミュの不条理哲学を予習していないと厳しいと思う。実際、原作を読んでいる身でも「難しすぎる!こんなの1回見ただけじゃ理解できん!」と思ったぐらいです。とにかくカリギュラを筆頭に登場人物のそれぞれが自分の哲学を主張し、相手を論破するようなセリフの応酬劇。いわゆる論理的会話劇なので、セリフを聞き取って頭で理解していくのに追いつけるかどうかが鍵。とくにカリギュラの論理は、一般人の感覚とかけ離れた狂人的哲学。それが三段論法で畳み掛けられてくる。そのそれぞれの論理の矛盾に気づいたり、その面白さにたどり着くには、かなりの集中力が必要。正直、何度も集中力が途切れ、睡魔が襲い、話が見えなくなって巻き戻してみました。こんなの難しすぎて、生では見れない。芝居嫌い、芝居初心者な私は生で見て理解するのは絶対無理。爆睡必至。(苦笑) そして、やっぱり私は舞台演劇が嫌いだと痛感した。演じる側には、かなり演じ甲斐のある演目だと思いますが、その演じる喜びに身をゆだねながら、役柄に陶酔しきっている役者を見ていると、なんだか、どんどん醒めてしまうというか、ドン引きしてしまうのよね・・・。(苦笑)
主演の小栗旬君は大熱演でした。これを理解して演じきるって凄いね。ちょっと尊敬。彼の演じるカリギュラは、暴君とはいえ、暴君になりきることへの不安と恐怖がチラチラと見え隠れし、常に自問自答しているような繊細で人間らしさが残るカリギュラでした。小栗旬演じるカリギュラの畳み掛けるような論法のセリフは、まだ悩めるカリギュラが自らの哲学の正当性について必至に自らに言い聞かせている感じがあります。それゆえ、暴君としての迫力や狂気的な怖さよりも、繊細で複雑な人間性を感じさせる人物に仕上がっていました。解毒剤か喘息の薬なのかのやりとりで、最終的に喘息の薬だったとカリギュラが知ったときのかすかに見える驚きと動揺の表情などは、普通の人間の持つ感性をも持っている人物であることをチラっとうかがわせる瞬間でもありました。これで狂気的な怖さや凄味も同時に持ち合わせてくれていれば、さらに拍手喝采でしたが、それはちょっと物足りなくも感じた部分もありました。なんとなく、簡単に反逆して倒せそうな相手に見えたので。ただ、そこまで多くを望むのは贅沢かもね。
ただ、小栗旬、他の役者さんに比べると彼のセリフだけが聞き取りづらいという場面が幾度かありました。とくに、早口で畳み掛けるときの発声と滑舌がイマイチ。「カリギュラ」はカリギュラのセリフが鍵。あのセリフに、カリギュラの哲学がすべて凝縮されているわけで、それを耳で聞いて頭で理解していかないと、この芝居の面白さにたどり着けない。そういう極めて重要な意味を持つセリフが聞き取りづらいというのは、残念。あと気になったのがツバ。飛ばしすぎじゃね?(苦笑) セリフを喋るたびに飛ぶツバが滅茶苦茶見苦しくて気になる!見た目の問題だけではなくて、そのせいで声も聞き取りづらいのでは?と思ったり。まあ、唾は、舞台を生でみている観客には見えないのかもしれないですけど。発声は、さらに磨きをかけてもらいたいところ。
そのほかのキャストもいいですね。足を引っ張る人がいない。若村真由美は、セゾニアの独特の狂信的な不気味さがなんともいえず似合っていました。シピオンのピュアでいたいけな雰囲気もよかったし、強い信念のあるケレアのクールな雰囲気も、エリコンの飄々とした貫禄も良かったです。あと元老院の爺ちゃんたち。皆さん、いい味だしてたわー。脇役とはいえ、さすが舞台俳優といわんばかりの存在感。
舞台の構成としては、「カリギュラ」のキーアイテムの「鏡」を、蜷川氏がどういう風に使うのか興味があったのですが「鏡」は、1幕から鏡張りの空間に原色のネオン管という舞台セット。ちょっと斬新。あのギラギラのネオン管には、妙な違和感を感じましたが、あの鏡で囲まれた空間は、ラストシーンのカリギュラの独白シーンでとてもすばらしく生かされていたように思います。
あとは、小栗旬のスタイルの良さに驚いた。あの美脚(&美尻)。(笑)でも、あそこまでお尻を見せる必要性は感じなかったかな。女装だけで良いのでは?まあ、強烈なインパクトと狂気の沙汰であるイメージは強められていたけれど。
それにしても、ずいぶん前からカリギュラの本は、現在絶版状態で中古本ですらプレミア価格となっておりましたが、今回の小栗旬主演舞台効果でさらに値がつりあがってるのね。「情熱大陸」で取り上げられたし、余計に注目が集まったみたいだね。すごいね、需要と供給のバランスが崩れるとここまで値段が高騰するんだねぇ・・・・。それならいっそのことカミュの全集を買ったほうが安いと思うけど。
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まず、最初に断っておきますと、ワタクシ、何度も申し上げておりますが
・舞台演劇というもの自体が苦手
・元ネタである映画「忘れられない人」が苦手
・ラブストーリーというジャンルが苦手
・ジャニーズ舞台初体験
という人間ですので、こんなワタクシからポジティブな感想が出てくることなど、あまり期待しないでいただきたい。(っていうか、誰も期待してないだろうけれど。)ま、本音を書いて何が悪いってことで、いつものごとく正直に感じたことを。
まず、お芝居自体の構成・脚本・演出についてですが、すべて想定内でした。あの映画を舞台化したら、こんな風になるだろうなと想像していたものが、舞台上で繰り広げられており、脚本や演出に関しても不満はありません。むしろ、映画で私がドン引きした部分(アダムがキャロラインの寝室に忍び込んで寝顔を覗いてたことをカミングアウトするくだり)を完全にカットしてあったのはグッショブ!あれがあるのとないのとで、ずいぶんアダムの人物像がノーマルになるもの。ホっ・・・・。映画のエンディングも、もう遥か昔に見たきりなので記憶にないのですが、今回の舞台は、ちょっと変えてあるんだっけ?とりあえず演劇作品としては、うまくまとまっていたのではないかと思います。暗転等やセットチェンジなど空間や時間の使い方にも気になる点はなく、あの映画が好きな人なら、このお芝居自体も認めてくれるんじゃない?って思える構成だったように感じます。ただ、元ネタである映画自体がまったく琴線に触れない私の場合は、案の定、まったく何の感動もない演目ではありましたけど。(苦笑) え、涙ですか?当然のごとく全く出ておりません。相葉雅紀の頑張りっぷりにオカン心を刺激されてウルっときそうな気がした部分もなかったわけではないけれど、劇中の役柄に感情移入して流す涙は一滴もありませんでした。映画も含めて、この作品の泣きどころがわからない。それぐらい私のツボにハマらない演目なんだもの。(苦笑)でも一緒に見ていた友人Mさん(松本ヲタさん)は、見終わったあと「ちょっとウルウルしたよ。」と言ってくれていたし、同じ回を見た友人Nちゃん(櫻井ヲタさん)は「もちろん泣いたよー!」と言っていたので、そういうのを聞くと、我ながら自分が冷血人間だと思わずにはいられない。相葉君、ゴメンよ、こんな相葉ヲタで。というわけで泣ける人(=心がピュアな人)は泣ける内容だったようです。
出演者の演技についてですが、まあ、これも想定内といえば、想定内。私が最優秀殊勲賞を差し上げるなら、加藤夏希ちゃんですかね。彼女の演技は舞台に向いてると思います。むしろテレビよりも。彼女って、テレビドラマで見ていると、若干オーバーアクトが鼻につくんだよね。「花より男子」の滋役も、滋のキャラ的に違和感がないから許せるものの、やはり多少オーバーアクトが気になっていたのですが、舞台になると、それがちょうどいい。パンフレットで彼女が自ら語っていたけれど、会場の後ろの席の人にもわかるようにオーバーに演じつつも、それが嘘っぽく見えないようにするバランスが難しいのが舞台演劇。そのバランスが主要キャスト3名の中では、一番うまくとれていたように思います。セリフ回しも急緩具合が程よくて(とある回では、妙にカミカミでしたが、それも許容範囲内)、声も聞き取りやすく、顔だちもハッキリしているし、モデルなだけに立ち姿もキレイだから舞台で映えるし、ぜひ、今後も舞台演劇の仕事を極めて行ってもらいたいと思いました。私は、映画版の「忘れられない人」は好みではないものの、映画の中でキャロラインを演じたマリサ・トメイは大好きな女優さんでして、彼女の演じたキャロラインは、べらぼうに可愛い!と思ったものですが、加藤夏希ちゃんの演じたキャロラインも好感の持てる可愛い女性で、アダムが恋をしてしまうのも納得だなーと思わせる魅力をしっかりと演じきってくれていたように思います。
逆に残念賞は、岩佐真悠子ちゃん。ワタクシ、テレビで見る限りでは、彼女の顔立ちや喋り方は加藤夏希ちゃんよりも好みだったのですが、実際に生で見たら舞台女優としては全然魅力がない人だった。(苦笑) 立ち姿や仕草もなんだか美しくないなぁとガッカリだったのですが、最も気になったのがセリフ回し。アメリカのコメディ映画の吹替えを意識しているの?ってぐらいに、大きな声を出すこととセリフの抑揚に執着しすぎて感情が上滑りしている感じ。その妙なセリフの抑揚が鼻につき、初見はイライラしたのですが、途中からその抑揚が「なだき&友近」の「ディラン&キャサリン」のモノマネを見せられているような気分になり、友近のキャサリンみたいなシンディだなーと思い始めたら、違った意味でめっちゃくちゃ面白くなっきて、途中からは別な意味で楽しませてもらいました。
あと、ベテランさんでは、マザーカミーラ役の田島令子さんの演技も個人的に期待はずれでした。映画の中でのマザーカミーラがどういうキャラだったのか、全く記憶にないので、私が求めているものが見当違いなのかもしれないけれど、カトリックの修道女という厳格で堅いイメージはしっかりと醸し出されていたんですが、体から慈愛のオーラが出ていない。小道具とセリフでアダムを思う気持ちや愛を強調されても、その愛が伝わってこないんだよね。オープニングがいきなり彼女とキャロラインの会話の場面から始まるのですが、そこで、全くアダムへの愛が見えなくて、マザーカミーラが息子の嫁をいびる姑のような意地悪修道女に見えてしまい、かなり戸惑いました。孤児院で孤児の成長を見守る人というと、私は、映画「サイダーハウス・ルール」でマイケル・ケインが演じたドクター・ラーチの印象が非常に強くて、あのドクター・ラーチみたいな、包み込むような優しさのオーラをどうしても求めてしまうというか・・・。それを求めちゃダメなんですかね?
で、肝心の我らが座長:相葉君についてですが、これ、言わなきゃダメですかね?(苦笑)
ええ、みごとに立派な大根!でしたよ。
舞台演劇って、やはりむずかしいジャンルの芸術だと思うんだよね。オーバーに演じながら、かつリアリティを持たせるという課題は、プロの舞台人でも果たして何人が克服できているんだろう?って思うぐらいの難しい課題だと思うし、私が舞台演劇を毛嫌いするのも、どうしても舞台で繰り広げられるオーバーアクトに馴染めず、嘘っぽさが目について、その世界に入り込めないからなわけで、いっそのこと虚構の世界のSFだったり、今とかけ離れた時代劇だったりするほうが、リアリティを追求せずに見れるから気も楽なんだけれど、今回の「忘れられない人」みたいな、妙に中途半端に身近な時代設定で、身近な日常を描いたような内容だと、よけいにリアリティが欠けると感情移入ができにくいから演じるほうに与えられるハードルは、さらに高くなっていると思うわけ。しかも、前半、セリフのない状態で感情とキャラクターをアピールし、途中からジワジワと言葉を発する役というのは、相葉くんには気の毒なほど、かなりの難役。細かいところをダメ出ししはじめたらキリがないけれど、やはり相葉くんの第一課題は台詞回しでしょうね。感情移入という点では、そこそこ頑張っていると思うの。ただ、やはり後ろの人にもわかるようにオーバーに演じつつも、それが嘘っぽく見えないようにするバランスが掴めていない感じ。とくに大阪初日は東京とのハコの違いもあってか全くバランスが掴めていなかった感じ。大きな声を出さなければいけないと思うゆえか、妙に肩に力が入って、セリフが一本調子になってしまう。最初にアダムが発するセリフ「君をつけた」は、大阪初日は超悲惨な状態でした。(苦笑)その第一声を聞いた瞬間、「ああああ・・・・・、喋らんほうがマシだった・・・・。(涙)」と、思わず顔をしかめてしまったほど。ただ相葉くんの名誉のためにフォローするなら、大阪の2回目以降は初日に比べると、かなりマシ(※この「マシ」の比較対象はあくまで大阪初日の相葉雅紀)になっていたので、やはり初日はカンが掴めていなかったんだなと推測。
役作りという点では、アダムというキャラクターは、幼い頃から心臓が悪く、身体が弱くて、人と隔離されて生きてきたので、人との付き合い方を知らず、口下手で無口、でも心はとてもピュアという人物設定なわけですが、相葉くんの演じるアダムは、悲しいかな、身体が弱いのではなく、頭が弱いんじゃないか?と思わせるアダムでした。(苦笑) 頭が弱いというと表現は不適切かもしれないな。とにかく相葉くんのアダムを見ていたら、ムショウに映画「フォレストガンプ」を思い出してしまいました。心がピュアで、行動が真直ぐで、そんな彼の言動は妙に微笑ましくて可愛くて、思わずクスっと笑ってしまいそうになるというあのトム・ハンクスが演じたフォレストの雰囲気を思い出してしまいました。でもアダムがそう見えてしまってはダメなんじゃない?だって、相葉くん自身が狙っていたアダム、観客に見せたかったアダムは、それではないはずなんだもの。
というのも、相葉ラジオで相葉くん自身が「アダムって、本当にいろんな風に作れる役なんだけれど、アダムっていうものを僕は割と自分より年上に設定したかったんですよ。だから、もうすごく落ち着いてるし、本当はすごく頭良くて、もう何でもわかってるんだけど、ただ喋らない。今まで喋れない、喋ったことがないから、慣れてないから、喋れない子っていう設定でやろうとしてて。」と言っていたのだけれど、どうもワタクシ、相葉くんが意図していたことを全く感じてあげられなかったみたいです。(苦笑) まあ、私にだけ伝わっていないのであればいいんですが、どうも、そうでもなさそうなあたりが心配で・・・。(苦笑)だって、相葉くんのアダムを見た感想ってみんな「カワイイ」って言うんだよね。でも、このラジオの発言を聞く限りだと、相葉くんって、アダムにあえて「可愛さ」を加えようとはしていないような気がしてならないんだよね。意図しているものが伝わらず、意図してない部分が思った以上に伝わっているってのは、役者としてどうなんだろう?相葉くんが演じたかったアダム像は、果たしてこれだったのかなぁ?と思うと複雑な気分。
相葉くんの場合、「戸惑い」の表情&「驚き」の表現は、口があいたままの状態になる場合が多いのですが、それが悲しいかな「アホ面」に見えてしまいがち。(苦笑) 「ハートを動かしているんだけれど、動かしていないように見せたくて。」と、これまた相葉ラジオで語っていた相葉さん。それは、なんとなくわかったんだけど、なんて言うのかな、私が舞台で見たのは、アダムという相葉雅紀とは異なる全く別の人物ではなくて、全く別の人格になろうと悪戦苦闘している相葉雅紀そのものだったという感じなんだよね。だから、結局、それが「カワイイ」にもつながってくるわけなんだけれど・・・。以前、東京初日を見た二宮君が、携帯サイトのブログ(ゲーム日記)で、「相葉さんという人は、なんて真直ぐな演技(芝居だったかな?)をする人なんだろう。」というニュアンスの感想を書いていたのだけれど、この一文が、本当にドンピシャに言い得て妙。改めて二宮君の言葉選びのセンス&相葉分析に感動。というのも「真直ぐな」というのは、相葉くんの人間性だとか、性格だとか、演技に対する姿勢に対しては、素晴らしい褒め言葉であるけれど、それと同時に演技という点においては、単純な褒め言葉で終わらない奥深さを持っている。つまり「引き出しの少なさ」を指摘する言葉にもとれるわけで、本当に素直なお芝居、誰もが想定する最もわかりやすい方法で感情を一生懸命表現する演技、それは、つまり裏返せば、引き出しが少ない、ワンパターン、面白みに欠けるとも受け取れる。もちろん、二宮君は、そこまで嫌味な意味をこめているわけではないだろうけれど、「真直ぐさ」は、相葉くんの最大の強みでもあり弱点でもあるんだなぁと、今回、数回、彼の演技をみていて感じた次第。
でも当然のことながら、相葉くん、頑張っていたのは、頑張ってましたよ。とくに、自室でキャロラインにマジックルビーとヒヒ大王の話をしながら自分の心臓の話をする場面。毎回、ちゃんと、しっかりと感情を高めて、しっかりとリアル涙を流しておられました。一番間近で見れた日が、一番キレイにツーっと目じりから涙を流してキレイなお顔をバッチリと見せてくれたので、思わず顔面ガン見。(笑)他の回は、目頭から涙がこぼれちゃって、鼻のほうに涙が伝ってきて顔がグシャグシャになって超ブサイクだっただけに、よけいに「おお!今回は美しいじゃないか!ナイスだ雅紀!」とばかりにガン見してしまいました。(笑)
あと、ワタクシの大親友のCちゃん(@今回観劇ならず)が最も気にかけていた噂のラブラブチュッチュは、全然たいしたことがなかったです。あれだけ、あちこちでラブラブチュッチュ、ラブラブチュッチュと自分で宣伝していたので、翔君のミュージカル並の濃厚ブッチューでもあるのかと思いきや、「黄色い涙」に続き、またしても受身で相手に押し切られた形でチューされておりました。しかもオデコ。まあ、一応キャロラインの081におずおずと手を伸ばしてましたけどね。(笑) この、キャロラインの081をアダムが触ろうとするシーンでのキャロラインの衣装には、ものすごいカチカチの胸パットが入っておりまして、その胸パットを見るにつけ、「意地でも私の081は触らせてやらないわ!」という加藤夏希ちゃんの鉄壁の防御体制を感じました。(笑)
それにしても、今回、初めてジャニーズ芝居に参加してビックリしたこと。客席のマナーの悪さ。上演中に携帯電話が鳴った人、いったい何人いたんだ?(呆) 普通、上演前に電源を切るのって常識じゃない? あと上演中にメールしていた人もいて唖然。しかも若い小娘ではなく、もう常識ぐらいしっかり身に着けていて当然と思われるような年齢の方。あと、休憩なしの公演だから仕方ないのかもしれないけれど、トイレ中座率も高かった。しかも数回見ていて要領を得ているのか、皆、相葉くんが出ない場面で行くの。何回も見て、どの場面で相葉くんが出ないのかを心得ているぐらいなら、どのぐらいの尺の芝居なのかもわかっているわけで、だったら、上演前に水分を控えるとか、先にトイレに行っておくぐらいできないのかな?周囲の人に迷惑をかけるのは勿論のこと、他の出演者の方にも失礼だよね。まあ、トイレは生理現象だから仕方がないにせよ、一番許せなかったのが、上演中にしゃべる人。この常識のなさは何? とある回で私の真後ろにいた人たちは、ことあるごとに、「かわいいー。かわいいー。」「ひゃー、かっこいいー。」と心の声をすべて口に出し、隣のお連れさんに同意を求めようとするので、もう煩くてイライラしました。ここはコンサート会場じゃねーんだよ!芝居見てるんだから、黙れ!オマエのつぶやきが煩くてアダムのセリフが聞こえねーだろーが!オマエに言われなくても相葉雅紀が可愛くてカッコイイことぐらい、皆わかっとるわい!と振り返って言ってやりたい気分になりました。心の声は、心の中だけにしてもらいたい。あと、大阪初日を見終わってビックリしたのは、会場中のスタンディングオベーション。いやはや、申し訳ないけれど、ワタクシ、あれはドン引き。あのレベルの芝居を見て、スタンディングオベーション!?ありえねーーーーーーー!(驚)だって、数回見たからこそ言わせてもらうけれど、大阪初日の相葉くんの演技、他の回に比べると、そんなに出来は良くなかったよ。なのにオールスタンディング。ファンって盲目だとは言うけれど、盲目すぎやしないかい?かなり緩いなーと驚いた。これじゃ、スタンディング・オベーションの有難味も何もあったもんじゃない。クラッシックやバレエや一般の演劇で、スタンディング・オベーションなんてよっぽど出来のいいパフォーマンスでないと出ない貴重なものなのに、こんな出血大サービス状態でオールスタンディングだなんて、いいの?そんなに甘やかして?ダメなものはダメ、いいところはいいと叱咤激励してこそ芸の向上はあるものだと思うワタクシとしては、どうもこの緩さと甘さが気になって仕方がないんですが・・・。
ちなみに舞台鑑賞とは別の次元での相葉ヲタとしての「あいばーどウォッチング」の感想を述べるならば、数ヶ月ぶりに再会した生相葉雅紀さんは、案の定、髪型はヘンテコリンで(むしろ後半の地毛姿より前半のヅラ姿のほうがステキだと思えるぐらい)、とくに大阪初日の顔は、昨日飲んだだろ?飲むとすぐに顔に出るんだから気をつけろよ!ってなぐらいに浮腫んでパンパンに腫れあがっており、どこからどうみてもブッサイクでしたが、そんな姿ですら、もう愛おしくてたまらないベリー・キューティクル(※相葉語)な生き物でございました。もう、なんで、あんなに可愛いの?ここまで「アバタもエクボ」だとは、自分で自分が恐ろしくなります。ちなみに、ワタクシが妙にツボにハマった相葉@アダムのセリフは「ストロンボリさん」。この妙に舌が回りきらない相葉独特の言い回しがかなりツボ。ちょうど「COOL&SOUL」の相葉ラップの「こことかでなく遥か向こう」みたいな雰囲気。(わかる?)あとは、きっと誰しもが挙げるであろう、ホッケー場でキャロラインに何度も言う「いつ?」ね。あの確信犯的な可愛らしさも、当然ツボ。ああ、もう、本気で可愛くてたまらん。あの生き物を捕獲して連れて帰りたい。(←イタいあいばか)
あとカーテンコールの、アダムが抜けて相葉雅紀に戻ったときの笑顔。これがやっぱり最高だな。幸いなことに、ワタクシ、とある回にて、ド・センターの座席をいただきまして、カーテンコールで相葉君が真正面でございました。ド・センターの有難味って、舞台全体がまんべんなく見えることだけだと思っていたのだけれど、カーテンコールでド・センターの有難味を再認識。やはりド・センターだと中央にいる相葉@座長さんの目線はバッチリこっち向き状態だからね。「ありがとうございましたー。」の言葉も笑顔も、真正面に飛んでくるから幸せも倍増。いやはや、もうね、これをおかずに御飯数杯食べれます状態。もう大根だろうが何だろうが、何度でも見守ってやるぜ!と今回のBRAVA通いに、一念の後悔もしていない自分を見出しました。(←完全あいばか) 演劇嫌いな私が同じ芝居を何度も見るのは絶対に苦痛極まりないと覚悟して通ったBRAVAでしたけれど、大好きな相葉雅紀をいろんな角度で何度も見るというのは、たとえ苦手な舞台演劇というジャンルであっても、その苦手意識すら吹き飛ばしてくれるものだということに、改めて気づかされました。1回目で見落としていて気がつかなかったことに、何回も見ているうちに気づいたり、考えたりしてしみじみとしていたりしているうちに、あっという間に大阪公演も終わってしまいました。1度も見れない人に1枚ぐらい譲ってやれよ!というお叱りを受けそうですが、やはり相葉ゴトとなるとダメですね。そんな広い心を持てません。ええ、性格の悪い、独占欲の強い相葉ヲタです。自覚してます。スミマセン。
それにしても、やっと、相葉舞台終了!さあ、相葉くん、髪切ろうぜ!あのチョロンと残った茶色い襟足が、なぜ残ったままだったのか、舞台を見て納得しました。ヅラとあわせなきゃいけないからだったんだね。ということは、舞台が終わったら、バッサリと切り落としてもOKってことでしょ。ああ、ワクワク。さあ、Let's お散髪!
以下、余談。
この舞台を見た後、孤児院つながりで、妙に見直したくなった映画「サイダーハウス・ルール」。大好きな映画です。テーマ曲を聴いただけで心が温かくなって泣けてくる。アダム同様に孤児で、病気もちで、隔離されてというあたりで、この映画のファジー少年を思い出した。「忘れられない人」で泣けない私も、この映画では、毎回ボロ泣き。もう10回以上見てるけど、毎回泣く。これ、舞台化するなら、ホーマー役を相葉くんでお願いしたい。あ、でもホーマーは大野君のほうが似合うかも。
サイダーハウス・ルール
トビー・マグワイア ラッセ・ハルストレム
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相葉アダムを見た後、心がピュアな青年つながりで、妙に見直したくなった映画「フォレスト・ガンプ」。これまた大好きな映画で、これまたテーマ曲を聴いただけで心が温かくなって泣けてくるんだな。
フォレスト・ガンプ
トム・ハンクス ゲイリー・シニーズ サリー・フィールド
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舞台のオリジナルはこの映画。近々廉価版が出るみたいです。
忘れられない人 (ベストヒット・セレクション)
クリスチャン・スレーター トニー・ビル
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つりぎつね【釣狐】
「釣狐」は、猟師に一族を皆殺しにされた老狐が殺生をいさめる物語。猟師の伯父に化けた狐が、殺生をやめて罠(わな)を捨てるよう猟師を説得するが、帰りに餌(えさ)の誘惑に負けて本性を現す。上演時間は一時間半で、ほとんどがシテである狐役の独演。前半は狐が僧に化け、後半にはその本性を現す。
私は、「釣狐」を見るのは初めて。上演時間が1時間半で、ほとんど独演、しかもかぶりもの付きは、演じる方もあらゆる面で難易度が高いのでしょうが、見る側にも苦労を強いる演目でした。いわゆる、いままで見慣れていた簡単に笑える系統の演目ではなく、どちらかというと「能」に近いような「静」の美しさや愉しさみたいなものを味わうようなテイストだったので、まだ、狂言初心者の私には難しかった。とくに「能」が得意ではないので、こういう静かな動きに美を見出すだけの力量が私にはまだなくて、かなり睡魔との闘いでした。(苦笑)被り物や面のせいか言葉も聞き取りにくいし、お話も前説があったからこそ理解できたけれど、前説がなければ唄のところは、理解できなかったかも。そういう意味で、本当に冒頭の萬斎さんのトークと解説はありがたいな。でも、萬斎さんは熱演でしたよ。今回、かなり良席で間近で拝見できたのですが、お顔&首(お面でかくれているのだけれど)が紅潮して真っ赤でした。というわけで、私の理解力が足りないせいで、せっかくの貴重な「釣狐」を堪能はできなかったのだけれど、そのかわり「樋の酒」は素直に楽しんできました。
ひのさけ【樋の酒】
主人が外出するので、太郎冠者に米倉で、次郎冠者に酒蔵で留守番を命じます。窓から二人で話しをしていましたが、そのうち次郎冠者が酒を飲みはじめたので、太郎冠者も酒を飲みたくなります。そこで、酒蔵から米倉へ樋を渡し、太郎冠者の口の中に酒を送り込みます。そのうちに主人の命令そっちのけに太郎冠者が酒蔵へ行き、次郎冠者と酒盛りを始め、楽しく酔っ払っていると主人が帰ってきて叱られる。
樋の酒は、やはり万作さんの太郎冠者がとてもチャーミング。自分で自分の笑い声を感じるぐらい笑ってしまった。やはり、たまに見る狂言って、いいですね。笑うことって、本当に癒されるなと実感しました。
野村万作萬斎新春狂言2007
2007年1月10日(水)大阪厚生年金会館芸術ホール
◆「樋の酒」
太郎冠者:野村万作
二郎冠者: ?(※予定では野村万之助さんでしたが、体調不良で降板)
主:深田博治
◆「釣狐」
白蔵主/狐:野村萬斎
猟師:石田幸雄
第11回 野村万作萬斎狂言会
【公演日】 6/29(木)19:00
【会場】大槻能楽堂(大阪)
【出演】野村万作/野村萬斎/野村万之介/石田幸雄/他
【曲目・演目】 「連歌盗人(れんがぬすびと)」、「賽の目 (さいのめ)」
今までは「日本の古典芸能を愛する会」のメンバー4名全員で参加していた狂言でしたが、前回参加したの東西狂言の後で、「野村狂言はもういいや、茂山狂言だけでいい」という意見も出て「日本の古典芸能を愛する会」にも内部分裂を起こしてしまい、今回の参加は、“野村も茂山も両方観たい派”な私とIちゃんだけ。と思いきや、捨てる神あれば拾う神ありで、狂言をまったく見たことのないというIさんが「野村萬歳さんの狂言を見てみたい。」と言ってくれたこともあって、Iさんを含めた3名で大槻能楽堂へ行ってまいりました。ホールで狂言はみたことがあるけれど能楽堂に行くのは初めてなので、ちょっとワクワク。やっぱりホールで見るのとは雰囲気が違います。もっとこじんまりとしていて、趣がありました。今日の演目は「連歌盗人」と「賽の目」の2曲で、どちらもあまり上演される機会の少ない渋めの演目だそうです。はじまる前に、いつものように萬斎さんから解説がありました。連歌盗人は、野村万作さん・万之介さん・石田幸雄さんによって、賽の目は、野村萬斎さん・万之介さん 他が披露してくださいました。「連歌盗人」のほうは、連歌講の当番になったものの貧乏で支度ができない男たちが、金持ちの家に盗みに入って道具を盗もうとするのですが、その家の床の間に掛けてある懐紙を見て、添発句をして連歌を始めてしまいます。そこを家主に見つかるのですが、家主は、自分が第三をつけるから、第四をうまく付けたならば許そうといい、見事に付けてゆるしてもらいます。ゆるしてもらっただけでなく、酒を振る舞われ、太刀、刀までもらい喜んで帰っていくといったお話でした。「賽の目」は、あるお金持ちが計算にたけた人物を自分の娘婿にするという看板を出したところ、それに立候補してきた婿候補たちのお話。立候補者のなかから、主の難問に見事正解した男が娘と対面するのだが、美しいと評判の娘は、実は・・・。といったお話。最初の演目では、泥棒にまで落ちぶれた人間がハッピーエンドを迎え、後の演目では、賢くてうまく立ち回った人間がとんだ災難に遭うというオチでした。私には「賽の目」のほうがわかりやすくて面白かったです。しかし、やっぱり狂言は、ほっこりと和やかな笑いでホっとしますね。会場では、新春狂言の先行予約DMの申し込みを受け付けていたので、帰りに早速応募しておきました。もう2007年1月の予定を考えているなんて、本当に気が早いんだけれど、きっとあっというまに1月になるんだろうなー。それにやっぱり狂言は楽しい。というわけで、まだまだ狂言も見続けて行こうと思ったのであります。
2月26日(日)IC東西狂言
■「三番三」
三番三/茂山逸平
千歳/茂山童司
笛/竹市学 小鼓/曽和尚靖・幸正佳・成田達志 大鼓/河村大
■トーク
茂山千三郎×野村萬斎
■「鶯」
何某/野村萬斎
飼い主/野村万之介
■「花折」
住持/茂山千作
新発意/茂山千之丞
花見の衆/茂山あきら・茂山千三郎・茂山正邦・茂山宗彦
佐々木千吉・丸石やすし
見てきて、あらためて、狂言って面白いなーと実感しました。今回は、野村さん一家の和泉流と、茂山さん一家の大蔵流の違った流派の狂言を同時に見れるという非常にいい機会で、途中の千三郎さんと萬斎さんとのトークでは、和泉流と大蔵流の両方にある演目で、どれぐらい違いがあるかを示すため、お二人が同時に同じ歌で舞を披露してくれました。同じ歌詞なのだけれど、音程が違っていて、ちょっとした合唱のよう。舞などは、同時に踊ると、違いが歴然。まるで意図して別の振付をしているかのように違うのだけれど、足拍子のタイミングなんかは全く同じだったりして、面白いなーとしみじみ感じました。
冒頭の逸平さんの「三番三」は、威勢が良い舞に魅了されました。やはり古典芸能って、バレエと同じで、型があって、それをきっちりと計算しつくされた様式美の中で演じるので、非常に美しい芸術だなーと思いました。あのお腹の底から出すヨォー!という掛け声と、鼓の音も心地よいですね。
そして、茂山一家の勢ぞろいした最後の「花折」は、非常ににぎやかで楽しかったです。千作さんも千之丞さんも80歳を超えておられるとは思えない声量。いやはやステキすぎます。萬斎さんの「鶯」も面白かったけれど、今日は、どちらかというと茂山一家に魅了されて帰ってきた感じ。関西だから、茂山一家も応援していかなくちゃ。というわけで、私にとっては、2005年のバレエブームに続き、平行して2006年は狂言ブームも到来といった状態です。ちなみに本日の参加メンバーは、前回&落語の時と全く同じ。もうすっかり“古典芸能を愛する会”が結成されてしまいました。今度は、どの狂言公演を観にいこうかなー。
万作萬斎新春狂言2006
会場:ウェルシティ大阪厚生年金会館芸術ホール
出演者:野村万作/野村萬斎/野村万之介/他
曲目・演目トーク、「犬山伏(いぬやまぶし)」、「しびり」、「煎物(せんじもの)」
いやはや、モチベーションが低かったにもかかわらず、十二分に楽しんできました。やはり狂言って面白い!日本の文化も侮ってはいけませんね。まず、初心者でもわかりやすいようにと、最初に萬斎さんからのレクチャーがあって、それぞれの演目のあらすじ、見所などを、丁寧にお話してくださったのが、私には非常に有難かったです。そしてその説明のあと、演目をみると、やはり面白さが倍増しました。というか、教えてもらっていなかったら、あそこまで楽しめなかったかも。この万作&萬斎新春狂言というのは、毎年、その年の干支にちなんだ演目を選んでおられるそうで、今年は戌年なので「犬山伏」なんだそうです。この「犬山伏」も「煎じもの」もあまり上演される機会の少ない演目で、「しびり」というのは、子供が演じたりするぐらいポピュラーな演目なんですって。この「しびり」というのを、あえてお父様の野村万作さんが演じてくださったのですが、この独特の仕草だとか間がとてもコミカルで、多いに笑わせていただき、すっかり魅了されてしまいました。そして「煎じもの」の野村萬斎さんは、まるで、ドリフターズの志村けんみたいな役どころで、これまた多いに笑わせてくれました。まさか野村萬斎を志村けんに似てると思うとは驚き!ドリフって、狂言に通じるものがあったのね・・・なんて思ってしまった。そして、以前、落語を見たときにも感じたのだけれど、笑うということは、本当に身体に良いと実感しますね。身体の中に蓄積していた疲れや毒素が笑いと一緒に放出されて、気がつけば、頬がゆるんでいて、帰りの自分の顔が穏やかになっている気がしました。そして、やはり野村萬斎さんは、ステキだった。私はお芝居してる姿より、狂言をなさっておられるときのほうが好きだな。あの独特の唄のような腹のそこから出す声&台詞まわしが、なんともいえなくしびれます。首が長くて、なで肩なのも、和服に非常によく映えるし、ちょっと惚れてしまいました。今も頭の中は「せーんじもーのー、おせーんじもーのー、おせーんじもーのを召〜せ〜」という萬斎さんの声がエンドレスで繰り返されています。(笑)あー、たのしかった。











