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Je pense, donc je suis.

Je pense, donc je suis.(我思う、故に我あり。)  というか、ただの日記です。

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がっかりしないといけない?

一夜明けて、まだ「グリーンフィンガーズ」の余韻から醒めません。「忘れられない人」のときも1週間近く引きずったので、今回もおそらくそうなることでしょう。大阪公演中は、友人とお泊り会をしたり、一緒に鑑賞した友人と打上と称しては連日飲んだくれていたので、家の中のことはほったらかし、家のHDDには、志村動物園のスペシャルやら、バレエ映像やら、ワイドショーのヤッターマンやら、宿題くんやらで溢れかえっておりますが、とにかく、今、自分の脳内にある相葉君とコリンの残像の余韻を消したくないので、他の映像を見たくないという状態ゆえ放置中。今朝は朝から日テレで、一日中嵐三昧だし、明日には国立ライブDVDも届くけれど、映像チェックは1週間ぐらい放棄したい気分。

そんな「グリーンフィンガーズ」。すべての感想を一言でいうなら

「がっかりしないといけない?」の一言につきます。

ぶっちゃけ、脚本は穴だらけ、矛盾だらけで(※このへんのモヤモヤの詳細は、こちらの鑑賞記録をどうぞ)、あんなにオリジナルがすばらしいのに、どうしてこうなっちゃうわけ?と東京初日を見た段階では、作品に対して超ネガティブな気分でおりましたが、大阪公演を改めて見ているうちに、そこにがっかりするよりも、もっと大きな心を打つもの(音楽、舞台装置、役者たちの演技、相葉君の成長 etc.)がたくさんあることに気がついたので、私の気持ちも劇中最後のコリンの台詞「がっかりしないといけない?」という言葉にシンクロした状態となっております。ちなみに、コリンが最後に微笑みながら言う、この「がっかりしないといけない?」の台詞が、今回の作品で私が一番好きなシーン。毎回、このシーンの相葉君が本当にいい表情をしていたので。

相葉君がコリンを演じると決まったときに、原作を知っている母が「きっと相葉君のコリンは、映画のクライブ・オーウェンが演じたような強いリーダーシップで仲間も一目置くような、一般的なリーダーの認識に当てはまるようなコリンではなくて、優しい人柄と才能に引かれて自然と仲間が集まってきちゃうような穏やか系のリーダー、嵐でいうところの大野君的なリーダーになるんじゃない?」と言っており、私自身もそんな気がしていたのですが、東京でみたコリンは、どっちつかずな状態で、やっぱり相葉君には難しいか・・・とネガティブな気持ちにもなってみたりしていたのですが、大阪公演を見たら、相葉君のコリンは、相葉君独特のバランスでリーダーシップも優しさもどちらも持っている相葉君ならではのコリンに化けておりました。

俳優さんには、自分を役に近づけて行く憑依タイプの人と、役を自分のほうへ引き寄せちゃう誘引タイプの人と2種類のタイプがあると私は思っています。ハリウッド俳優で言うなら、前者は、ロバート・デ・ニーロやジョニー・デップ、後者は、トム・クルーズやヒュー・グラントが筆頭かな。世間一般的には、やはり前者の憑依型タイプの俳優さんを「演技派」と呼ぶし、演技面での評価も高い。「役を自分のほうへ引き寄せちゃう」誘引タイプの俳優さんは「何をやっても●●になる」という評価を受けがちで、ともするとワンパターンだと評価されやすい。でも、誘引型の演技というのも、その役と演じる本人の持つ「その人らしさ」や「魅力」とがピッタリと重なったときには、思わぬ輝きを放ち、感動を呼び起こしたりします。

私に言わせれば、二宮君や大野君は憑依型、相葉君は誘引型にカテゴライズされる。相葉君がかつて映画「黄色い涙」で演じた井上章一くんの時もそうでしたが、相葉君が演じる役には、相葉君が透けて見えることが多い。自分を消せないということは、憑依型のアプローチとしてはマイナスでも、自分を生かしたまま別の人格になって、さらに魅力を増すという誘引型の役づくりの場合、それがピタっとハマってしまえば、それはそれでありだと思うのだ。今までの相葉君、とりわけ舞台での演技は、憑依をしようにも自分が消せず、役柄を引き寄せようにも、これまたうまく引き寄せられずに、悪戦苦闘のまま舞台上でもがいて終わってしまうという残念な印象を受けることが多かった。でも、今回、相葉君は、コリンという役を自分に引き寄せて、自分の個性をピッタリ重ねて、それでいて別の人格として輝いていたように私の目には映ったので、大阪の初日を見た段階で、もう、それが何よりも嬉しくて、嬉しくて、そんな相葉君ならではのコリンの輝きを日々感じるにつれ、感動で胸が一杯になって、毎回、ストーリーとは別の次元で涙腺が決壊しまくっておりました。

相葉さんのお芝居の弱点は、自分にとって身近でない感情だったり、身近でない言葉が使われていると、言わされている感じが否めないセリフ回しの粗さが目立つこと。とりわけ、「怒り」の感情表現の引き出しが少ない。たとえば声を荒げる場面。相葉さんの日常には、他人に声を荒げるということ自体が、皆無なのかもしれない。そう思わせるぐらい、声を荒げたり、怒りを表すときに無理矢理感情を奮い立たせて力んでいる感じが見えてぎこちなくなる。そんな相葉さんの弱点である「怒り」の表現も、回によっては(とりわけ大阪初日、大阪二日目のマチネ&ソワレの1幕)、ずいぶん自然になっていて、本当に、コリンの怒りとして表現されており、そこに彼の役者としての成長をヒシヒシと感じました。

そして、相葉さんの演技の引き出しのなかに「笑顔」や「優しさ」の表現の引き出しがたくさんあることも今回改めて感じました。場面場面でいろんな笑顔があって、それは、ひとつひとつ微妙に違っている。その一つ一つは、いつものアイドル相葉雅紀の笑顔ではなくて、ちゃんとコリンの笑顔であり、コリンの微笑みになっている。そして、そんな相葉君が作り上げたコリン君が、愛おしくて、大好きになってしまい、今は、そんなコリンが懐かしくて、思い出すだけでウルウル。(←あいばか)

俳優としての相葉雅紀さんは、いつも本当に真っすぐな素直なお芝居をなさります。その真っ直ぐが向かう先は、今までは本人が意識して目指している方向というよりも、導かれた方向へ、指示された方向へ素直に真っ直ぐ一直線に走って行くような感じで、その走るスピードは、いつも全速力なので、見ていると苦しくてたまらなくなることがありました。でも、今回、その走るスピードが、ただがむしゃらに全速力で走るのではなく、周囲の景色を楽しみながら、少しだけ余裕を持って走っている感じ、走ることを楽しんでいるような感じがしました。もちろん、走り出すまでの苦労や葛藤やストレスは多大なるものだったとは思いますが、走り出したら楽しい!みたいな雰囲気を感じました。相変わらず、走っているコースは真っ直ぐで一直線ではあるのですが、その走るコースを自分で選んで走り始めたような、そして自分で選んで走ることの楽しさを見つけたような、なんとなくですが、そんな感じがしました。そして、そんな風に真直ぐに走る姿を見ていると、その真っ直ぐが辿りつく先、目指す先を、この先も見守っていきたいなーと思いました。でも、もうチケット争奪戦(=自分の欲望と友情や理性や現実と葛藤して折り合いをつけるまで)の期間が本当に辛いので、もう当分お芝居はしてくれなくていいけどね。(苦笑)

| | 21:18 | comments:3 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

感想ありがとう。
今度のお芝居は、何がどうということより
「幸せな気分になった~」という感想の方が多くて
なんだか私も幸せな気分になりました。

| もなか | 2009/03/24 22:51 | URL | ≫ EDIT

そんなに幸せな気分になれたのなら、ほんとによかった。
私は戦力外でしたが(笑)

| じょにー | 2009/03/24 23:36 | URL |

>もなかさん

こちらこそ、いろいろありがとう。
本当に、幸せな気分になれる観劇でした。
相葉君、本当に可愛いカッコよかったです。
よかったらレンタルで映画版も見てみて!
映画も幸せな気分にしてくれる作品なので。

>じょにーさん、

結果じゃないんですよ、
「手伝ってくれた」という
その気持ちだけでも十分幸せな気持ちにしてもらえています。
本当にありがとうございました。



| JOLLY | 2009/03/28 14:41 | URL |















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