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Je pense, donc je suis.

Je pense, donc je suis.(我思う、故に我あり。)  というか、ただの日記です。

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舞台「あゝ、荒野」


本日千秋楽を迎えた舞台「あゝ、荒野」。私も青山劇場にて鑑賞する機会に恵まれたので、感想というか雑感を書き残しておこうと思います。毎回、書くまえにお断りしておりますが、私はもともと舞台演劇というジャンルが得意ではありません。なので、演劇自体もそれほど数は見ておりませんし、寺山作品を見るのも今回が初めてで専門的な知識もないド素人です。そんな人間が、たった1回の鑑賞のうろ覚えの記憶を元に書いた一つの感想にすぎないということを御理解の上、読みすすめていただければと思います。尚、記事の無断引用、無断転記、無断リンクはくれぐれもご遠慮ください。 

ああ荒野『あゝ、荒野』

原作 :寺山修司

脚本 :夕暮マリー

演出 :蜷川幸雄

音楽 :朝比奈尚行

キャスト:
松本潤、小出恵介、
勝村政信、黒木華、渡辺真起子、村杉蝉之介、
江口のりこ、月川悠貴、立石凉子、石井愃一 ほか

埼玉公演:2011/10/29(土)~11/6(日) 
     彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

東京公演:2011/11/13(日)~12/2(金)
     青山劇場







私が鑑賞した回の客層は、いわゆるジャニジャニしたというかキャピキャピした空気が会場にほとんどなくて、一般のお芝居を見に来ているかのような落ち着いた空気が流れており(実際は主演の彼のファンが大半だったとは思いますが)、役者たちが舞台の通路を歩く演出等の際も客席のマナーも非常に良く、最後までとても平和な空間で、全くストレスを感じることなく、心穏やかにお芝居を鑑賞できました。

この作品がエンターテイメント性や娯楽性を追求した作品というよりは、むしろ精神性を追求した高度な作品になるであろうことは、見る前から覚悟していたので、そういう感性や理解力に自信がない私は先に原作小説を読んで(※原作のレビューはこちら)寺山修司の世界観等をある程度予習をしてから鑑賞しました。実際、原作を予習をした上で鑑賞して正解だったように思います。 私の持論ですが、舞台という芸術は巻き戻しはできないし、何度も繰り返し見れるわけでもないだけに、見落としのないようにストーリーは先に知っておくほうが何倍も深く楽しめる部分が多い。何も知らないほうが最後のボクシングシーンや最後の結末へのドキドキ感は高まったとも思うのだけれど、私の鑑賞レベルでは、おそらく予習なしではクライマックスまでたどりつく前に気持ちがついていけずに挫折してしまうように感じたので(苦笑)、やはり予習しておいて良かったとしみじみと感じた作品でした。 実際、先に原作を読んで、寺山修司の世界観というものをある程度予習して雰囲気だけでも知ってから鑑賞できたことは、舞台の演出や作品を理解する上で多いに助けとなりました。ただ予習をして臨んでも、やはりついていけない高度な作品というか、世界観にハマりきれないというか、個人的には疲れる作品でもありました。(苦笑) 

原作の小説と舞台の脚本は、多少違う部分もありましたが(娼婦が殺される話や、バリカンが「荒野」という単語を何度も口にすることや、芳子の母親殺しのくだりなどは原作にはなかったと記憶しています。※ただし記憶に自信はありません。)、ほぼ原作小説に忠実な雰囲気でした。この舞台は、原作のダイジェスト版、原作のいいとこ取りみたいな雰囲気で、それにプラスして物語の伏線になるようなエピソードや、寺山修司本人を象徴するものたち (ex.母性崇拝(≒マザコン要素).etc)がいくつか追加されているような感じで、作品自体が蜷川幸雄から寺山修司へのオマージュの塊のようでした。

舞台作品自体、とても完成度の高い作品だと感じます。演劇好きな人や寺山修司が好きな人にはたまらない作品なのではないでしょうか? ただ、抽象的で奥が深く素人向けではない玄人好みな難解さを含んだ作品なので この作品を好きか嫌いかと問われたら、私のように演劇が苦手なド素人で、寺山修司にも特別な思い入れがない人間だと、やはり「好きではない」というか「苦手」と答えてしまいます。ただ、そこは自分自身の理解力のなさだったり感性と合わないというだけのことで、作品自体は完成度の高い良作だと思います。

私がこの作品を「好きではない」というか「苦手」と感じてしまう理由、それは蜷川節というよりは寺山節がツボにハマらなかったことに尽きると思います。猥雑な世界、異形のもの、淫靡なもの、卑猥な単語、社会的弱者、エロス、不道徳、そういうものに溢れた寺山修司の独特のアングラ世界。それらが舞台上でリアルに表現されており、想像していたとおりの世界が目の前にあり、それが興味深くはあれど、やはり目に映るものが気分のいいものではないだけに、特別好きではないというのが正直なところ。

原作を読んだときからずっと感じていたことなのだけれど、この作品、女性では絶対的に生理的に理解できない部分が多いように思うのです。私自身の理解力のなさだとか知識の足りなさももちろん原因の一つではあるのですが、頭の良し悪しや感性の有無とかいう次元の問題ではなく、なんとなく頭でわかった気分になれても、生理的に女性では理解できない部分が絶対的にあるように思える。男性だからこそ理解できて心や体に響く要素が多い作品なのではないかと思います。だからこそ作り手側は多くの男性に見て欲しかったのでは?だからこそ、あんなチケット購入手段を講じたのでは?と舞台を見て改めて感じたりもしたぐらいに、性描写にしてもボクシングというスポーツの精神性にしても欲望というものの存在にしても、女性の想像力では絶対的にたどり着けない感性の限界みたいなものを感じたというか、女性だからこそ感じる独特の嫌悪感みたいなものが、どうしても心の中からぬぐえず、そこを頭で理解しようとすればするほど疲れたというか、苦手意識が生まれてしまったような気がします。 

もともと舞台演劇というものを積極的に見ない私ですが、蜷川幸雄演出の舞台作品は、いくつか見たことがあります。といっても生の舞台を鑑賞したわけではなく、ほとんどがNHKやWOWOWなどのテレビ映像で見ただけ。しかも私が見たことのある蜷川作品はシェイクスピア作品を題材にしたものやローマ時代を題材にしたものなど、いわゆる古典物ばかりなので、今回の作品とはテイスト等比較するのはナンセンスだと思うし、蜷川演出を語れるレベルでもないけれど、そんな私のイメージする蜷川演出というと、毒々しいというか、ドギツイというか、おどろおどろしいというか、暗いというか、血なまぐさいというか、そういう印象が強く、今回、蜷川幸雄と寺山修司という組み合わせを聞いて、見る前からかなり身構えていたのですが、実際に目にした舞台は、本を読んだり、蜷川幸雄の名前から想像していたものよりはエグくなかったというか、想像よりマイルドで、いろんなきわどいものたちがオブラートに包んであったような気がしました。寺山修司関連の過去の舞台芸術だとかポスター類なんかをみていたら、もっともっとドギツクて淫靡で卑猥で強烈な空気に溢れていたから、それこそ上半身裸の女性がたくさん舞台上に出てくるぐらいの気持ちで身構えていたのだけれど、視覚的にも台詞の単語ひとつひとつにしても、全体的にオブラートに包んだようなマイルドな演出だったような気がします。主演が主演なだけにマイルドにしたのか、客層に配慮してマイルドにしたのか、それとも戯曲化されている脚本の段階で既にいろいろな要素がマイルドにしてあるのか、そのあたりは脚本のほうを読んでいないのでわかりませんが、原作小説を読んだときの印象のほうがドギツクて淫靡で卑猥で強烈な生生しい強烈なイメージです。 舞台作品は、本を読んで感じた空気感には満ち溢れていたけれど、衝撃や生生しさは、それほどではなかったので、少しホッとした部分もあり、少し肩すかしをくらったような感じもしました。そこは原作を読まずに舞台を見ていたら、また印象が違っていたのかもしれません。

舞台上には、60年代の新宿のネオン街が存在し、そこにはギラギラとした自信と欲望に満ち溢れたチンピラ風の青年と、オドオドと背中を丸め全てを諦めているような吃音の青年が常に対をなして光と影のように存在し、それはそのまま目に見える人間同士の対比でもあり、常に上を目指して急成長していった60年代の東京新宿という町と都会の急成長ぶりに戸惑って取り残されていく田舎町を人格化して表現しているようでもあり、「理想」(=新次)と「現実」(=バリカン)という抽象的なものを具象化して存在を対比させているようでもありました。とりわけ舞台上の新宿新次の登場の仕方(=重機の上でひたすら仁王立ち、下界を見下ろすような視線)や、そのストイックな肉体や、どこか神々しい存在感なんかを見ていると、単なる人間同士の物語ではなく、新宿新次という人物は、あらゆる「理想」という概念を具象化した存在で、それに対するバリカンは全ての人にとっての「現実」なのかも?なんて思えてきました。「理想」(=新次)と「現実」(=バリカン)を融合させるには双方がぶつかりあわないと答えが出ない。これは現実社会でも言えること。また「自ら実際に体験しないと味わえない真理がある」(=ぶつかりあってみないとわからない答えがある)という哲学は、自殺研究会のリーダーのセリフの中にも伏線等がいろいろとちりばめられていたように感じたけれど、そのあたりも雰囲気でなんとなくそう感じただけなので、間違っているかもしれません。(苦笑) 

そして、新宿新次のストイックな肉体や、どこか神々しい存在感からの流れで、白いボクサーパンツ姿で上半身裸の新宿新次が、十字架にかけられたキリストっぽく(=三島由紀夫における聖セバスチャンみたいな雰囲気)に感じられる瞬間が何度かありました。真っ白なシーツのベッドの上に大の字になって寝転んだ姿、白いベッドの上でスポットライトを全身に浴びている姿など、彼が身に纏うものが「白」と「赤」という色なあたりに、「神聖さ」と「血」を連想させられたというか、舞台に使われている音楽(フォーレやワーグナー)から「神」を連想してしまっただけなのかもしれませんが、本を読んだときには意識しなかった「神」「キリスト」みたいなものを連想させられました。聖書によると、キリスト(の死)を通して、私たち人類は、神の恵み、復活の希望、救いと喜びに生きる命が与えられたと言われています。バリカンにとっては、新次を通して、復活の希望、救いと喜びに生きる命が与えられたと解釈するなら、新次=キリスト(=救世主)説もありかなーと。バリカンにとって新宿新次は究極の憧れ(=理想)でもあり、救世主でもあり、結果的に「罪」から開放してくれた存在でもあったわけで、そういう点では新次にキリストを投影させて見るというのもアリなののかも?なんて思ったりもしました。

それにしても、風のふくまま気のむくままに己の欲するものを目指して突き進む青年と、ここではないどこかへ行きたくて「切符をくだせぇ」と叫んでも目的の場所が見出せず、目的地にたどり着けずにいる青年。「切符をくだせぇ」と叫び続けた青年が、自らやっと見つけた行き先、踏み出した一歩で向かった先が、あのラストシーンであり、そのたどり着いた先、目的地が「死」であったのかと思うと、とても切ないエンディングです。 あまりにも輝かしい「理想」(=新次)に出会い、その「理想」とのギャップを「現実」(=バリカン)が自覚したとき、その「理想」に「現実」が無謀にもぶつかっていったとき、「現実」は木端微塵に打ち砕かれ、時として息の根をも奪われる。そういう「理想」と「現実」の話なんて実際の社会ではよくあることで、むしろ「現実」に「理想」のほうが打ち砕かれる場合のほうが多い気さえするのだけれど、それぞれを具象化し人間の物語として描かれると本当に切ない。(苦笑) このせつなさは、原作を読んだときに感じた感情そのままで、決して後味のいい話ではないけれど、この後味のせつなさは嫌いではありません。 後から後からジワジワと余韻がくる感じです。 ただ最後の最後の衝撃は原作小説には敵わないですね。本の最後のページをめくったときの衝撃を蜷川さんがどのように演出するのか今回非常に興味があったのですが、そこは片目(=勝村さん)によるナレーションで淡々と語られるという演出で、これまた最後までマイルドでした。私の想像では、スクリーンにドーンと、あの最後のページ(=死亡診断書)が浮かび上がって暗転して終了するのかと勝手に思っていたので、ナレーションだとちょっとインパクトが弱かった気もしましたが、原作を知らずに真っ白な状態で鑑賞すれば、十分衝撃的に感じたのかもしれません。

舞台の両脇には電光掲示板があり、場面ごとに短歌のような、俳句のような、詩のような寺山語録が浮かび上がります。それは台詞として演者によって朗読されることもあれば、歌の歌詞として歌われることもあり、何も触れられることもないまま消えていくこともある言葉たちでしたが、あそこにも寺山修司の世界が表現されておりました。ただ私の場合、舞台上のいろいろに目を向けて頭をフル回転させながら鑑賞していたので、どうしても電光掲示板の文章まで気が回らず、目で追えても頭で理解できないまま、なかなか意味を汲み取れずに終わってしまったのが残念です。

場面転換の際に挟まれる昭和歌謡の場面は、ミュージカルチック。個人的には音がうるさすぎて邪魔に感じたりもしたのだけれど、あの歌い手さんとネオンの背景が一体化した雰囲気は、なんともいえない独特の昭和のレトロな空気があって、60年代の雰囲気を深めるためには必要不可欠な場面だったのかも。でも音量が大きすぎて耳にうるさかったので、もう少しボリュームを絞ってほしかった気も・・・。(苦笑) クラッシックの曲もいくつか使われていました。最後のボクシングシーンではワーグナーの「ローエングリン」第1幕への前奏曲が使われていました。脚本ではラヴェルのピアノ協奏曲の第二楽章と書かれてあるそうですが、あえて無視してのワーグナーの「ローエングリン」第1幕への前奏曲だったみたいです。劇中(殺された娼婦が天へ消えていく場面)とエンディングにはフォーレの「レクイエム」が使われていたように記憶しています。クラッシック以外だと、新次がシャドーボクシングをしているシーンのBGMは、JAGATARAの「クニナマシェ」、カーテンコールで使われていたのはRadioheadの「Creep」。他には、プロコルハルムの「青い影」、あとは戸川純の「蛹化の女」(←主演俳優さんもハマって聞いているというパッヘルベルの「カノン」に歌詞をつけた曲)もBGMとして使われていました。

役者陣は文句のつけどころがないぐらい素晴らしかったと思います。主演の松本さんは、どちらかというとパブリックイメージに近い役だったので、そんなに心配はしていなかったけれど、ピタっと新次にハマって理想に近い形でギラついておられました。(笑)あの独特の神々しさは圧巻。 発声もかなりトレーニングしたんじゃないでしょうか?上半身裸のシーンが多いからマイクなんかも装着できないだろうと思うのですが、声もしっかりでていて台詞の一つ一つもしっかりと聞き取れたし、とくにシャドーボクシングをしながら語る台詞は、息が乱れることもなく非常にクリアな声量で感情豊かに台詞をしっかりと発していたことに感心しました。そうとう努力したんだろうなと、あのシーンを見ただけで感じ取れるぐらいに貫禄のある演技でした。 小出さんのバリカンは、配役を発表されたときに小出さんだとカッコよすぎるんじゃないのか?と思ったのだけれど、ものすごい母性本能を感じさせるオーラがあって、とても魅力的なバリカンだったと思います。本を読んだときと同様に、舞台化されたものを見ても、やはり主役はバリカンだと感じたのだけれど、表向きの主演は新次役の松本さん。華やかで人目をひきつける役どころであるのも松本さん演じる新次。衣装ひとつとってみても、真っ白のスーツ姿の新次の横にくたびれたジャージ姿で立つバリカンは、ありとあらゆる面で分が悪いはずだけれど、なんのなんの。しっかりとW主役どころか裏主役的な存在感や見る側が自然と心を寄り添わせるような守りたくなるようなオーラを発していて、内側へ内側へと発する台詞も、ベクトルは内側向きでありながら、しっかりと聞き取りやすく、みすぼらしい衣装や風貌でも存在感という点ではギラギラ光る新次役の松本さんに全く引けをとっておらず、二人が対になったときの相乗効果は非常に見ごたえがありました。とりわけ最後のボクシングシーン。あのスローモーションを見ているような状態の動きは肉体的負担も大きいと思うのですが、台詞のひとつひとつ、動きのひとつひとつに迫力があって、息つくのを忘れるぐらいに見入ってしまうシーンで、とても素敵でした。あと芳子役の黒木華さんが私のイメージしていた芳子そのもので驚きました。キャスト発表されたときには地味すぎやしないか?と思ったのだけれど、さすが女優さん。化けますね。声もとても通るし、妙にイメージどおりでした。勝村さんは、もう安心の存在感、そのほかの役者さんたちも本当に芸達者。とくに自殺研究会のリーダーの方。小声で囁くのに会場中に台詞が聞こえる不思議。どういうテクニックなんだろうと驚きでした。あと思った以上にエキストラや脇役の方々と出演者の数が多く、舞台上には常に多くの人が溢れていた印象でしたが、皆さん、それぞれに存在感があって、それぞれに60年代新宿と寺山修司の世界を醸し出しておられました。そして全体を見終わって、あらためて、この作品は蜷川幸雄による寺山修司へのオマージュ作品なんだということも痛感させられた作品でもありました。それだけに、寺山修司に対する思い入れが強ければ強いほど感動の度合いが増す作品のような気がします。

本編に関係ない話で面白かったのは、途中、バーテンダーの方が焼きそばを作る場面。これ、実際に舞台上で火を使って調理しておられて、ごま油をフライパンに入れた瞬間、私の座席付近までごま油の香りが広がって、空腹だった私は急激に食欲が刺激されて困りました。あんなに香りって広がるんですね。しかもお客役の女優さんがリアルに食べるんだもん。空腹で見るには辛いシーンでした。(笑) あと冒頭の松本さんの登場部分。パワーショベルの先端に乗っていたことに全く気づかなかったという。(苦笑)ハっと視線を動かしたら、銅像のように神々しく立っている松本さんが正面にいてビックリした。(笑)いつどこから出てきたのか、他の舞台上の方々に気を取られていて全く見てなかったよ。(苦笑) カーテンコールの松本さんは、もうそれはそれは堂々と清々しい顔をしておられました。この舞台を経験したことが、大きな財産となり自信となっているのは間違いないなと感じさせられる表情で、とても微笑ましかったし、私自身も妙に誇らしかったです。そして小出さん。もともと好きなんだよね。ルックスが。だから、今回の舞台を見てもっと好きになってしまいました。本当に素敵すぎた。(笑)小出恵介のルックスが好きだなんて、本当に誰かさんと男の趣味が似ていて怖いわー。(苦笑)

好きか嫌いかは別として、私の場合、こういう機会がなければ絶対に触れることのなかったであろう寺山修司の世界。その興味と学習のキッカケをくれた松本さんと、いろいろアドバイスを下さった先輩、そして見る機会を与えてくれた友人と、チケット争奪戦でいろいろと協力してくれた友人達に改めて感謝です。ありがとう。

以下、使われていた音楽や関連書籍について自分用メモ。

プロコルハルム(Procol Harum) の「青い影(Whiter Shade Of Pale)」は、こちらのCDの1曲目に収録されています。(※リンク先にて視聴可能)



新次がシャドーボクシングをしているシーンのBGMは、JAGATARAの「クニナマシェ」。こちらのアルバムの8曲目に収録されています。(※リンク先にて視聴可能)



バリカンと新次のボクシングの対決シーンに使われていたのは、ワーグナーの歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲。 ワーグナー自身が書いた解説によれば、この前奏曲は、天使の群れによって運ばれてきた聖杯が、まばゆいばかりの高みから降臨してくる印象なんだとか。(※リンク先にて視聴可能)

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劇中に「死」が登場すると使われていたフォーレのレクイエム。フォーレのレクイエムは、フォーレ曰く「私のレクイエム……は、死に対する恐怖感を表現していないと言われており、なかにはこの曲を死の子守歌と呼んだ人もいます。しかし、私には、死はそのように感じられるのであり、それは苦しみというより、むしろ永遠の至福の喜びに満ちた開放感に他なりません。」というぐらいにおどろおどろしさのない美しい癒しのレクイエム。家にあるCDはクリュイタンスのもの。(※リンク先にて視聴可能) 

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フォーレのレクイエムは、デュトワも出してます。(※リンク先にて視聴可能)



カーテンコールのBGM、レディオヘッドの「クリープ」 (Creep) は、こちらのアルバム「パブロ・ハニー」に収録されています。



戸川純の「蛹化の女」は、こちらのアルバムの9曲目に収録されています。(※リンク先にて視聴可能)



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夕暮マリーによる戯曲、台詞を思い出しながら余韻を味わうには戯曲を読み直すって手もあるかも。

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| 観劇・狂言・落語 | 22:02 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

JOLLYさん、お久しぶりです。
以前1度だけですがコメントさせて頂きましたすみれです。
JOLLYさんが無事に舞台を観劇出来るというのは
ブログの方でご報告があったので、
いつ舞台についての感想を書いてくださるか楽しみにしておりました^^
私の方も友人達のおかげで青山にて観劇する事が出来ました。
私も事前に原作を読んで観劇をしたのですが
寺山さんの言葉や短歌、世界観などに触れたのは
今回が初めてだったので、内容を自分の中で理解するのに
かなり時間がかかってしまっていて(汗)
でも、JOLLYさんの感想を読んで、
改めて納得する事が出来ました。
私も最後のシーンは死亡診断書がドーンとスクリーンに映し出されるのかと思っていたのですが、
最後の新次の叫びが今でも耳に残っています。
あと黒木華さん!JOLLYさんの黒木さんについての感想。
読みながら「そうそう!」頷いちゃいました!
あと焼きそば(私は野菜炒めかと思ってました^^)のシーンも(笑)空腹時にあれは辛かったです^^;
って、長々とコメントを書いてしまってすいません。
今回、私の周りで観劇出来た人がいなくて
舞台の感想を言い合える人がいなかったのでつい嬉しくなってしまって。
では、これからも訪問させて頂きますね。



| すみれ | 2011/12/02 23:36 | URL |

>すみれさん

すみれさんも無事に鑑賞できたようで何よりです。
そして、いろいろ同意してくださってありがとうございます。
この舞台、見終わった後にいろいろと語り合いたくなるような内容でしたよね。
そういうところも良作だと思いました。

| JOLLY→すみれさん | 2011/12/08 23:40 | URL |















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