Je pense, donc je suis.

Je pense, donc je suis.(我思う、故に我あり。)  というか、ただの日記です。

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ぼんやりとヒエラルキーについて思う

最近、ぼんやりとヒエラルキーについて思う。キッカケは、ここのところの社内のリストラだったり人事模様なんだけれど、朝、部署内での朝礼で部長のスピーチなんかを聞いていると、今、この部署の中だけでも100人以上いて、その管下には、何百人という人たちが部下としているこの人は、いつどの段階で自分がこの部署のトップになると自覚したのかしら? 入社した段階からトップになることを意識して生きてきてたんだろうか?いや、入社する前の受験の段階から、トップになることを意識していたのかしら? これだけの人間の頂点ではあるけれど、会社という組織の中では、まだまだ上には上がいて、その人たちからはアゴで使われる立場なんだよなーとか。会社から離れても、ぼんやりとヒエラルキーについて思う。

たとえばバレエを見に行って主役を踊るダンサーを見ていると、この人たちは、大勢のダンサーの頂点なんだよなぁ・・・、その人たちの後ろで踊るコール・ドにすらなれない、バレエ団にすら入団できないダンサーたちが山ほどいて、でもそういう人たちが学んできたバレエ学校にすら入りたくても入れない人たちが山ほどいて、そんな中、どの階段も上り損ねることなく、ひとつひとつ着実に階段を上りつめてきた人たちが主要バレエ団で主役を踊っているわけで、それでも世界中に名をはせる人や客席を感動させられるレベルの人ってのはほんの一握りなんだよなぁ・・・とか。

はたまた私の愛する気象系グループがテレビに出ているのを見ると、あんなにたくさんいるジュニアの子たちの中からデビューさせてもらえる人たちは本当に一握り、そこから「トップになろうね」と現実味のない夢を掲げたお手紙を涙ながらに読み上げていたようなグループだったのが、あれよあれよといううちに各種の売り上げ記録を作り、世間では「国民的グループ」とまで言われるようになっているんだから、これまたヒエラルキーの頂点への階段を登りつめたみたいなものだし、やはりどの世界でも、どんなに実力や才能があっても、運がなけりゃトップにはなれない思うから、トップになる人というのは才能と実力と根性と運の全てを揃えた人なんだろうなぁとしみじみと思う。

昔から、何かで優勝とかしたり、スポーツでも何でも一回戦敗退かせいぜい二回戦止まりでトップになったことがない(=なれるとも思ったことがないし、なろうとも思ったことがない)中途半端が板についたというか、あまり競争社会に身を置いたことがない身としては、そういうヒエラルキーの頂点に上り詰める気分ってどんな気分なんだろう、トップになることを確信する瞬間ってどんな感じなんだろう?なったらなったで、今度はそこから転落しないための努力も必要なんだろうし、いろいろ気苦労も多いんだろうなー、なんてことを、ボンヤリと思う今日この頃。

| | 22:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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