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Je pense, donc je suis.

Je pense, donc je suis.(我思う、故に我あり。)  というか、ただの日記です。

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涙、涙、涙だった昨夜のMステ

活動休止発表から5日ほど経ちましたが、大騒ぎの世間&ヲタク界を横目に、私は案外平気だなーと思っていました。いつか嵐がなくなることがあるとしたら、それはおそらく大野さん発信だろうという予感がずっと常にあったし、予想通りだった部分もあり、そして彼ららしい筋の通った決断だなぁと納得できたので、涙に暮れるようなこともなく、割と彼らの決断をすんなりと受け入れていたのです。

自分自身も父が入院&他界した2016年あたりから、生活の優先順位が完全に変わってしまったので、ガッツリと嵐中心では過ごせなくなってきていたこともあり、物理的に時間が取れないうちにアラシゴトに対する欲も減り、自分自身もゆっくりと嵐との距離を置き始めているような雰囲気で過ごしていたので、このままあと2年かけてフェイドアウトするようなものだとクールに捉えていた部分もあったのだと思います。とにかく今はいつもと同じように静かに過ごしたいという気持ちが強かったので、あえて嵐の曲も聞かず、ワイドショーなんかもNEWS ZERO以外は見ずに心穏やかに過ごしていました。

それでも、昨夜のミュージックステーションの生放送を見たら一瞬で涙腺決壊。(苦笑) 彼らの緊張ぎみの表情と懐かしい映像の数々をみた瞬間に、昔から一緒に応援してきた友達たちと嵐との思い出が一気に溢れて、一緒に遠征したライブ、一緒に語り合った日々、楽しかったことが走馬灯のようにフラッシュバックしてきて、センチメンタルMAX。

残りの2年を笑って過ごすと決めたからか、彼らも涙はNGと前もって話し合っていたのだとは思いますが、生放送の彼らの笑顔はぎこちなく、いくぶん苦しそうで、目が嘘をつけていない。とくに相葉さんは緊張した面持ちだし、笑顔もぎこちないし、その嘘のつけない苦しそうな目を見ただけで涙止まらず。(←あいばか)メッセージ動画や挨拶文を読む限り、たぶん五人の中でも、にのあい(とくに相葉さん)は最後まで嵐として活動を続けたかったほうの人だと思うだけに、心の揺れが同じように痛いぐらいにわかるから余計に切なくてねぇ…。

松本さんは、ファンの心の痛みは全部わかってるよって言ってるかのごとく、仏みたいな顔で励まそうと微笑んでくるし、大野さんに至っては「申し訳なさでいっぱいです。」みたいな暗い顔をしてるし、笑顔がぎこちないしで、今からこんなにも罪悪感を抱えていて、あと2年活動できる?その罪悪感に押しつぶされたりしない?って逆にメンタルが心配になったぐらいだし、いつもなら五人の中では比較的涙を見せない二宮さんと櫻井さんの目が潤みがちだったのも涙腺を刺激しまくりでした。

とくに二宮さんは、歌の間ずっと目がウルウルしており、途中間奏のあたりで目元を拭ったりなんかもしていて、彼の嵐愛と相葉愛は我がライバル研究の上でこれまた痛いほど知っているだけに、その目に表情にとても泣かされました。そして歌い終わった後、櫻井さんが最後四人のほうを見た瞬間泣きそうになって顔を作り直したのがもう!(涙)

私も含め、濃度は違えど自称「嵐ファン」と名乗る方々の共通の思いとして「嵐はライブが一番!」「ライブで見る自担が一番好き」なんなら「ライブさえあれば他は何もなくてもいい」というぐらいに嵐コンへの思い入れは強いはず。嵐が活動休止するとなり、レギュラー番組がなくなる(そもそも私が大好きだったレギュラー番組は、とっくの昔になくなっている)のもCDのリリースが今後全くなくなるのも耐えれる自信はあるけれど、ライブで会えなくなるのは本当に辛い。それを今回のMステを見て再認識してしまいました。

私はダーリンが大好きだけれど、やはりライブのときの嵐の相葉雅紀としてステージに立っている姿が一番好きで、いつでも120%全力なパフォーマンス、彼ならではの特徴のあるダンス、歌声、そしてファンサで見せてくれる笑顔、そして仲間たちといるときのリラックスした表情、とにかくライブでしか味わえないそういうものの中毒になり今に至っているわけで、本当にアラシゴトの中でも、嵐コン(=ライブ)は特別なもので、いわば聖域。

そんな嵐コンと呼ばれるライブですが、内容や演出のクオリティーやパフォーマンスのレベルが年々上がる反面、客層は興味本位のライト層の割合が増え、どんどん浅く広く裾野が広がってしまい、そのせいでチケットの倍率が上がってしまい、結果としてかつての濃厚なヲタクがコンサートに参加できる機会が減ってしまいました。そのせいか、昔から継承されてきていた嵐コンの伝統ともいえる一緒に作り上げるC&Rが影を潜めはじめ、20周年の冠を掲げた2018年のライブですらも会場の一体感が薄いという残念さは否めませんでした。結局のところ、ここ近年のフリフラで制御して視覚的に一体感を出すというのは、華やかな演出の一部であると共に、そういう消え去りつある空気やノリの一体感への対応策でもあるんだろうなとシミジミと感じておりました。

10周年のときはライブにヲタク仲間全員集合して、ライブの後には打ち上げと称して夜通し思い出話をしながら飲み明かしたものですが、先日の20周年のライブでは、同じ日に皆んなが集まれるようなチケット事情ではなく、前半の5×20に全く入れなかった仲間も数名おり(苦笑)、打ち上げところではなく…。(苦笑)内容的にも、オープニングの「感謝カンゲキ雨嵐」の曲中「あらし!」コールもほとんど聞こえず、「Lucky Man」の「満タンカーなんだ!」とか「サクラ咲ケ」で「隠と陽!」なんて合いの手を入れている人なんてほとんどいなくて、20周年で本当にすっかり客層が変わってしまったなあ…と会場の一体感のなさを寂しく思ってしまいました。(苦笑)

それが、昨日のMステでは、「感謝カンゲキ雨嵐」の途中のC&R(嵐コール)では、これがお手本といわんばかりにキチンと揃ってたし(番協さんたち、ありがとう!)、なんだか昔から一緒に応援してきた友達たちと参加していた頃のライブのノリに近くて、それを見ていたら、かつていろんな場所で仲間たちと聞いた「感謝カンゲキ雨嵐」が思い出されて、ひたすら涙止まらず。

活動休止発表以降、たった数日でファンクラブへ新規入会した人が既に30万人を超えているんだそう。おそらくそのほとんどがライブ抽選権目当てなのだと思います。既会員の名義増やしもあるのでしょうが、今までお茶の間だった方々もこれを機にと入会手続きをされた方も多いのでしょう。それだけの国民的アイドルとなり、世間一般からも愛されて、みんなが会いたいと求める存在であることは、ファンとしては誇らしいとも言えますが、やはり色々と複雑な気持ちです。常々、この社会現象みたいなノリにはずっとウンザリしてきたけれど、活動休止の発表後、さらにエスカレートしている感じが本当にしんどいしウザい。(苦笑)

先述のとおり、嵐のライブは、ずっと応援してきた私たちにとっては聖域で、本当は誰にも教えたくない秘境のような場所で、興味本位でズカズカと入り込んできてほしくない特別な場所なんだけれど、私たちにはその聖域を守る術も権利もないわけで(苦笑)、どんどん侵されていく聖域を悲しい目で見守ることしかできなくて、そして、そんな聖域も残された2年の後には完全に消滅してしまうわけで、一番大好きな「聖域でのダーリン」も見れなくなってしまうという悲しき現実を改めて痛感させられました。(涙)

ヲタク活動が一番楽しかったあの頃。いつもの仲間たち全員が同じ日のライブに集まれたあの頃。行きたい公演のチケットは確実に取れたあの頃。4人並びで楽しくライブに参加できたあの頃(※最近はまた4人並びで参加できるようにはなってきていたけれども、これから2年間はおそらく無理なはず。)に一緒に応援していた仲間たち皆で参加したライブ。それらが本当に心底懐かしくて愛おしくて、そんな日がいつかまた戻って来ることを気長に待ちながら過ごしていただけに、諸々の感情が押し寄せてきてよけいに涙が止まらない。そんなMステでした。

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